小さなことだけど

2023年07月29日

冬眠から覚めると、

ミズゴケのふとんのなかから顔を出し、

おはよう、カメノちゃん、

と挨拶して、

水槽を綺麗にするのがいちばんの重労働。

初めは何も食べずにいるが、

暖かい日を見計らって

ホタテの貝柱をごく小さく割いてあげると

食べるようになり、

じょじょに食欲を増していき

次第にささみも食べられるようになって、

梅雨には雨合羽を着て世話をしたりしてそして、

待ちに待った夏の到来。

カメノちゃんのいちばん良い季節、いちばん食欲旺盛な季節が到来する、

きのうカメノちゃんの世話を母に任せた。

そのときは食べたらしいのだが、

今日、水を綺麗にして、わたしたちが食べたカツオのたたきの残りを

あげようと思ったら、

口から吐き出してしまい食べられないようすだった。

カツオのたたきが古かったのだろうか。

わたしたちが食べて美味しかったからカメノちゃんにもあげようと思ったのに。

どこか体の具合がわるいだろうか。

水をきれいにしてそして、こんどはお刺身ほたてならだいじょうぶだろうと、それをもっていく。

御馳走だよ、お刺身ほたてだよ、と声をかけるが

カメノちゃんは水槽の奥にかくれて叱られることに怯えている。

怒らないからだいじょうぶだよ、と声をかけると

おずおずと出てきたので、あげるがやっぱり口から吐き出してしまう。

いつものごはんがいいのだろうか。

今度こそは、とあらかた水槽を綺麗にすると、

ボイルほたてを

へんなものがついているといけないので、水道水で洗って持っていき、

呼んでみるが、カメノちゃんはすのこの下にもぐりこんでなかなか出てこない。

なんども声をかけ、

近くの砂利をのけてそこに小さくちぎった貝柱を落としてあげる。

食べて、カメノちゃん。いつものごはんだよ、食べて。

ついに口の中に入れてくれた、

そうしてこんどは吐き出さなかった、残りのほたてをなるべく小さく割いてあげると、

ちゃんと二個分たべてくれた。良かった、カメノちゃん!

盛大にほめてあげて、

母に、食べたよ、と報告する。

これで、さあ、やっと散歩に行ける、わたしは外出着に着がえて神社へと向かう。

途中で農家のひとが野菜を売っていた。

良い冬瓜があった。

けれど、きのう冬瓜のスープを食べたばかりだ。

あ、こんどは煮物にすればいい!

茄子も美味しそうだ、ぜひ麻婆茄子にしよう。

日に焼けたそのおじさんがつくられた野菜らしくて、どちらもとっても美味しそうだ。

新鮮な野菜が手に入ったとか、亀がいつもどおりごはんを食べてくれたとか、

日々の小さなことだけど、

不穏な報せのあいだでそうした物事が、まるで砂つぶのあいだの白くて綺麗な貝殻のようだ。