温室の金魚たち

2022年08月06日

森を歩いていくと

温室があった。

南の国の植物のむせかえるような緑、

鮮やかなアンスリウム、

建物の天井までそびえているかと思うような

大きくひろがるバナナの葉。

そこに小さな池があって、

緋色の金魚たちと一匹の白い金魚が泳いでいる。

しばらく、金魚たちが

身をひるがえしたり、物陰にかくれては再び姿を現したりするのを

眺めていた。

白い金魚は群れの先頭に立ったかと思うと、

少し離れたりして、

緋色の金魚たちと仲良く暮らしているようであった。

そこへ、植物園の関係者の方とおぼしきひとがやってきた、

なぜ、そう思ったかというと、

そのひとが池のほとりに立つといっせいに

金魚たちが

そのひとの足もとに慕わしげに集まっていったからだ。

その白髪まじりの男のひとは

世話をするでもなく餌をやるでもなく立っていた、なのに金魚たちは、

そのひとの傍を離れようとしなかった。

何かねだっているかのような、

全身で好きといっているかのような、そんな風情だった。

しばらくしてその男のひとは去っていき、

白いのも緋色のもともに金魚たちは散り散りになっていった。

動物はおのれの死を意識しない、

と、モンテスキューはいった。けれど、より大きな獣の牙がおそいかかろうとするとき、

果たして、それを意識することがないのだろうか。

死への恐怖はやはり動物とてもっているのではないだろうか。

だから、守り手を知っているのではないか。

そしてまた、愛情も。

金魚たちは関係者とおぼしきひとに心から懐いているようであった。

動物のようにただ生きればよい、と母はいう、

わたしはどうしてもそれ以上のものを求めてしまう、生きる意味だとかそういったものを。

答えはまだ出ていない。

でも、わたしはわずかばかりのものを抱えながら

わたしなりに生きつづけるだろう。

あの金魚たちのように全身で守り手への愛情を表しながら。