面影
にんじんとツナの炒め物と、
肉団子と菜の花のスープをつくってある、
まだ日も暮れず夕食には早すぎる、
時間もて余し、
ふいに友人のことを思い出した、
まるで何かこころのこもった言葉を交わしたかのような錯覚、
思い出すだけで温かい。
もて余していた時間がきゅうに、精彩をともなって脈打ちはじめる。
日が暮れるのはいま早い、出かけるなら今だ、
マスクをして玄関を出ると、
大通りをわたって、車のあまり来ない住宅街を選んですすむ、
垣根越しに蝋梅が匂い立つようだ、
お寺のまえに柴犬がいた。
赤いベストを着せてもらった利発そうな柴犬だ、
家族連れといっしょだった。
それから少しすすみ
神社の近くに行くと子どもたちが鬼ごっこをして遊んでいる。
朗らかなようすの男の子たちに元気をもらって、
ふとお参りをしていこうという気になる。
参道のサザンカはもう咲いていない、これからは梅が咲き誇るだろう、
本堂のまえには、すでに参拝している親子づれがいた、
子どもはまだ小さく愛らしい。
やや後ろのほうに下がってじぶんの番が来るのを待つ、
こちらに戻ってくる親子連れとすれちがい、
本堂のまえにすすんで柏手を打ち、いつものお願いごとをする。
そうそう、神社から帰ってくるとき、
あの赤いベストを着た柴犬ともういちど出会った、
丼物のテイクアウトの店のまえで。
お得意様であるわたしは、思わず、ここのどんぶりは美味しいんですよ、
と、よけいな一言を口走りそうになる、
くつろいだ気分で散歩からもどってくると、
風呂を湧かして入ることにする。
シャワーだけでもいいけれど、せっかくなので、
新しく買ったバスオイルを試してみたい。
初めて使う、どんな香りがするだろう、サウザンドペタルという銘柄名だが。
お湯をはって湯気の立つなかにそそぐと、千の花びらの名のごとく、
フローラルではあるけれど、くどすぎないフレグランスがわたしをもうもうとつつみこんで、
極上のひとときを与えてくれる。
友人に会いたい、
でも、会うことは叶わない、
さびしさに支配されそうになる、けれど、あの朗らかな子どもたちの声やそういったものたちが
わたしのこころを生き生きと親しみのなかに置いてくれる。
匂い立つ芳香につつまれて満ち足りた気分、
会うことは確かにできないかもしれない、けれど、
面影、今もなお胸のなかに。